近江の自然と共生し、子を愛しむように古酒を育てる

滋賀県愛荘町(あいしょうちょう)にある藤居本家を訪れました。「近江」と呼ばれた江戸時代から、自然の恵みに感謝して酒造りを営んでいます。
藤居本家には、総欅(けやき)造りの貯蔵庫があります。そこでは、しぼられた日本酒がタンクに入れられたまま大事に熟成されています。
新酒やフレッシュな味わいの日本酒が人気の中、なぜ「古酒」にこだわり造り続けているのでしょうか。今回のインタビューでは、藤居社長に「古酒」そして地元「近江」への想いを伺いました。

藤居社長

藤居社長

欅(けやき)の貯蔵庫

ー 貯蔵庫にはたくさんのタンクが並んでいました。あの中で日本酒が熟成されているわけですね。貯蔵庫を欅の木で造ったことに、理由はあるのでしょうか?

日本酒に、近江の風土をやわらかく伝えながら、熟成の旅をさせてやりたい、という想いがあります。欅の木は、いわゆる日本酒の「ゆりかご」なんです。

ー ゆりかごで子供を育てるように熟成させたい、ということでしょうか。

そうです。私や私の母親(先代で六代目蔵元)もそうでしたが、酒造りを子育てのように考えています。日本酒を造っている時はお母さんのお腹の中、いわゆる十月十日(とつきとおか)の世界ですね。そしてしぼりたては生まれたて。赤ちゃんがオギャーと生まれた瞬間です(笑)そして、熟成が子育てというわけです。

ー とても面白いです。

あの貯蔵庫は、私の母親が設計に10年以上かけ、60年前に造りました。

ー お母さまは建築家だったのですか?

いえいえ。母親はもともとは医者でしたが、建築にもとても興味がありました。欅の木一本一本を自分で選ぶというこだわりよう。今のように材木ではなく一本そのままが届くので、置く場所一つとっても大変だったようです。

ー すごいですね。医者であり酒蔵の跡継ぎ娘であり建築にも造詣が深い。どれを取ってもパワーがありますね。

貯蔵庫の中は、夏でも26度位。冬は凍るほどには寒くならない。蔵はSDGsそのものなんです。自然と仲良く共生しながら日本酒を育てています。

欅の貯蔵庫

欅の貯蔵庫


古酒への想い

ー「熟成」「古酒」への想いをお聞かせください。

日本酒造りにはたくさんの大切な工程がありますが、できたお酒をどのように熟成させるかというのも日本酒造りの大事なステージであると考えています。古酒を育てるというイメージです。

ー なるほど。

それには、長い期間寝かせて熟成するのに耐えられる日本酒を造ったら面白いな、と考えるようになりました。それで、古酒のための日本酒を造ったんです。

ー 古酒を造るための日本酒ですか。

そうです。やはり純米酒がいいだろうと。日本酒は元々米100%です。純米酒を常温保存して熟成できたら面白いかな?と杜氏と相談しました。長いこと寝かすのに耐えられる日本酒を造って。それをタンクで貯蔵して火入れして。常温保存してみよう、と。

ー タンクで常温保存、というところが驚きです。古酒を作る中で失敗したということはありませんか?

今のところはないですね。人間と一緒で一人一人個性がある。ちょっとずつどういう育ちをするかはその子に任せているんです。個性はあるけれども、失敗とは思わない。見方によれば、不良在庫を造ってる、と言われるかもしれないけれども(笑)

ー あの貯蔵庫を見ると…造らなきゃいけない気持ちになりますね。熟成したくなる、熟成しないわけにはいかないような気持ちになりますね。

そうでしょ(笑)育てたくなるんですよ。

仕込み水

仕込み水

日本とヨーロッパの価値観の違い

ー 日本では、新鮮でフレッシュということに価値を感じる方が多い印象ですが…。

ヨーロッパでは熟成に理解があります。一方、日本は旬の物が好き。古いものをめでる感覚があまりないんですよね。

ー 確かに…!ヨーロッパのワインや、チーズも熟成ですよね。

そう。日本はどちらかというと「新しくないと危ないよね」という感覚が根強いでしょ。熟成についてはヨーロッパの方が理解がある。外国で古酒を飲んでもらえたらいいなぁ、と。

ー 本当ですね!古酒ならではの楽しみ方はありますか?

温度を変えて楽しむのもいいですね。温度を変えると表情が変わる。日本酒ほど広い温度帯で楽しめるお酒は世界に無いでしょ。温めたり常温で飲んだり、楽しみ方を自分で探るのも楽しいと思いますよ。

ー 私も、古酒を頑張って広めたいと思いました!

古酒は大きな潮流にはならないが、この分野も面白いよとなれば食の文化も広がる。横の楽しみを広めないと、日本酒文化全体としてパワーが出てこないんじゃないかな。多様性が広がるというかね。


地元・近江への想い

ー 藤居さんにとって、近江とはどのようなものでしょうか?

昔は、「近江を制するものは日本を制する」と言われていました。それだけ重要なエリアなんです。日本の真ん中、へその部分ですよね。

ー 確かにそうですね。

そして水資源も多い。四季も豊かに感じられる。豊かな山の幸、琵琶湖の幸、自然災害も少ないとても良いところです。

ー 酒米は滋賀県産の新米のみを使われているということですが。

滋賀県産にこだわっている、というよりは、大事にしたいという想いが強いです。足元から頂くお水や、地元の農家さんから頂くお米、近江の土地。それらに感謝しながら、皆さんに楽しんでもらえるお酒を造りたいですね。

藤居本家外観

藤居本家外観


「旭日(きょくじつ)Gibier(ジビエ)」

旭日ジビエ

ー この「旭日 Gibier」というお酒は、ジビエ料理に合わせて飲んでもらいたいという想いがあるのでしょうか?

古酒を楽しむ切り口として、個性のあるお肉料理によく合うよというコメントがあったんです。ジビエ、いわゆる野生動物を料理したものですね。

ー 豚とか鶏ではなく。

そう。豚鶏牛じゃなくてね。クマとか猪とか鹿とか。野生動物の料理を食べる時に古酒を添えて楽しんでいただくと話題も広まるでしょうし。

ー なるほど。東京にもジビエ料理屋さんはいくつかあります。

そう。そこに一番置いて欲しいですね。


「琵琶の舞 大吟醸」

琵琶の舞

ー 琵琶の舞 大吟醸はどんな日本酒でしょうか?

こちらはスッキリとしたお酒ですね。「琵琶の舞」の「舞」には、滋賀の色々な風景や想いが込められているんです。農家の米作りの様子や一生懸命な姿、喜び、美味しいお酒を醸したいという想い。こういうものを「舞」と表現した。楽しんで和やかに飲んでもらう様子も「舞」ですね。


藤居本家の目指す酒造り

ー 地元近江で、どのような酒造りを目指していらっしゃいますか?

僕にとっては難しいテーマですね。基本的には近江を凝縮したお酒を造りたい。そうでなかったら我々の存在理由がない。

ー まずは地元の皆様に飲んでもらい、全国へも広げたいという感じでしょうか。

そうですね。まずは滋賀の事をもっと知って欲しいですね。秋に来られた方は、稲刈りの風景もぜひ見て欲しい。近江の土地の料理と日本酒をゆるりと楽しんで、日本酒っていいもんだなと思ってもらえたら嬉しいですね。

ー まさに、文化ですよね。本日は本当にありがとうございました。

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藤居本家の藤居社長にお話を伺いました。
日本酒が土地を育んでいる。日本酒を知ることは土地を知ることだと感じました。
子供を育てるように醸した「旭日 Gibier」、近江の人々の喜びを表した「琵琶の舞 大吟醸」を、ぜひ味わってみてください。

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