地域を巻き込んだ米鶴酒造の酒造りとは。和醸良酒を支える12代目の経営理念

山形県の南東部に位置する高畠町(たかはたまち)は、奥羽山脈の扇状地に広がる美しい里山です。米鶴酒造はこの地で300年以上にわたり酒造りを続けてきた老舗の酒蔵。繊細で香り高く、かつキレの良い銘酒を造りあげ、数々の品評会で高い評価を受けてきました。
米鶴酒造がこれまで歩んできた歴史、そして見据える未来とは。12代目の梅津陽一郎さんにお話を伺いました。

「まほろば」と謳われる地でお酒を造ること

─お酒の銘柄としても、地域の代名詞としても「まほろば」という言葉が使われています。これはどのような意味なのでしょうか。

梅津:もともと「まほろば」という言葉は、古事記などで見られる「まほら」という古語に由来しているそうです。これは「周囲が山々に囲まれた平地で、実り豊かな住みよい所」という意味で、山形県出身の歌人・結城哀草果(ゆうきあいそうか)も、この地をまほろばと詠みました。また明治初頭に日本の各地を旅したイギリス人探検家のイザベラ・バードもこの地を「アジアのアルカディア(桃源郷)」と称したほど、高畠町は自然と人の営みが共存する豊かな場所です。
まほろばという言葉を蔵のキャンペーンに使いはじめたのは父の代から。その後は町のキャンペーンにも採用され、大々的に謳われるようになっていきました。

─遥か昔からここは豊かな里山だったのですね。酒造りにはどのようなお水を使っていますか?

梅津:高畠町は奥羽山脈の西側にあたりますので、日本海側の峰に降り積もった雪や雨水が地中に沈み、伏流水が豊富に流れ出ています。私たちはそれを井戸で汲み上げ、仕込み水として使用しています。

米作りを通じて誕生したオリジナル酒米・亀粋

─米鶴酒造にはオリジナルの酒造好適米「亀粋」(きっすい)があるとお聞きしました。個人で酒米を持っているとはすごいことですよね。誕生秘話を教えてください。

梅津:亀粋は作ったものではなく、偶然できたものなんですよ。
といいますのも、昭和58年(1983年)に発足した高畠町酒米研究会の中心人物が、うちの蔵の社員でもあった志賀良弘さんでした。当時、自分たちで作る酒造好適米をどうするかとなり、山形県でも作りやすい美山錦と亀の尾の栽培をはじめたんですね。特に亀の尾は、もともと古い米で品種改良によりあまり作られなくなったお米でした。
栽培しているうちに、一風変わった稲を発見した志賀さん。これは彼の言葉ですけれども「通常の亀の尾より穂がちょっと長い、形質も違う稲」だったのだそうです。よく見たら粒も大きいので、それだけ選抜して育て、さらに工業技術センターの方々と協力しながら4年の歳月を経て品種登録に至りました。

─栽培する中で偶然生まれた品種だったのですね! 大元となる亀の尾、そして新品種の亀粋にはどのような味の違いがありますか?

梅津:亀の尾は昔のお米なので、最近の米と比べると硬くパサパサしています。そのためガッチリと味を出すのではなく、すっきりと綺麗なお酒に向いています。一方亀粋になると粒が大きくなり心白も出るので、亀の尾と比べて柔らかみが出やすいです。

─なるほど。亀の尾はスッキリ、亀粋は優しい味わいですか。

梅津:でも、一概にはそう言い切れないんですよ。僕らがお酒にしたときは亀の尾の方が硬いお米なので、より味を引き出そうとしている分、わりと飲みごたえのある味になっていると思います。一方、亀粋は現代風の淡麗辛口の味わいになっている感じがありますね。なので、お米の特性とは逆の仕上がりになっているんです。

─なるほど、面白いですね。蔵として今後も米作りに注力していく予定ですか?

梅津:これからは「地域でお米を作ること」をもっとわかりやすくしていきたいと考えています。これまで40年、地元の農家さんたちと一緒に酒米栽培を推進しお酒を造ってきました。密にコミュニケーションを取ることを主体としてきましたが、今年から蔵でも酒米の栽培をすることにしたんです。
将来的には自分たちでも酒米栽培をできるようにするのが目標です。そうすれば高齢で農業を続けるのが難しい方の田んぼを借りたり買い上げたりして、引き続き原料の生産が可能になるので。そういう仕組みもこれから必要になっていくと思うんですよね。

経営の面から「和醸良酒」を支える

─少々話が変わりまして、読書がご趣味とお聞きしたのですが。

梅津:ええ。特に好きな本と言えば「ビジョナリーカンパニーシリーズ*」です。1から4までどれもおすすめなのですが、僕がとりわけ好きなのは2ですね。定期的に読み返しています。いまは最近新たに発売されたビジョナリーカンパニー0を読んでいる最中です。あと経営者として参考になったのが、D・カーネギーの「人を動かす」ですかね。

*ジェームス・C・コリンズによるビジネス書。優良企業にはどのような傾向があるのか、アメリカの主要企業に綿密な調査と分析を行い、特徴をまとめている。

─なるほど。熱心に経営を研究されているのですね。蔵のHPで社員一人ひとりを丁寧に紹介していることから、人を大事にする経営をしてらっしゃるなと感じていました。

梅津:中小企業は一人ひとりが占めるウエートが相対的に大きくなりますから。社員を一人ひとり紹介することで、伸びる人は自然と伸びてくると思いますし、やっぱり仕事も楽しくなると思うんですよ。

─米鶴酒造の使命として書かれている「発祥の地である山形県東置賜群高畠町二井宿を中心に、米鶴にかかわる人の幸せな生活に貢献する」というのも印象的でした。

梅津:当初から経営理念自体はありましたが、父が書いたものはものすごく長く読む気になれなかったり、覚えられなかったりするものでした。代を継いだ際に、わかりやすく作り替えたんです。酒屋らしい言葉では「和醸良酒」(わじょうりょうしゅ)とも言います。

─和醸良酒、ですか。

梅津:そのままの意味です。良いお酒を造るためには、やっぱり人の和が欠かせません。個々人の能力はもちろんですけども、何よりチームワークが大事といった言葉ですね。最終的には酒造りに関わるすべての人が幸せになる、というのが企業としても一番大切なことですから。

吉日にふさわしいお酒を目指して

─米鶴酒造がこれから目指すお酒造りを教えてください。

梅津:個人的には万人に好かれる味わいにこだわっていきたいです。そしてお酒好きな人たちにたくさん飲んで頂けるようなお酒を目指しています。
品評会やコンテストで賞を取れるような味は、やはりとても良い味だと思っているのですが、ただそれだけだと飲み飽きしちゃうんですよね。甘みが強くて香りも高いお酒は一杯目だと美味しく感じるんですけど、飲み進めるのにはつらく感じちゃう。なので、コンテストで賞を取れる酒質でありながら、飲み続けられるお酒というのが理想ですね。

─梅津さんがおすすめの銘柄もぜひ教えてください。 梅津:普段飲むお酒で中心になるのは「純米まほろば」ですかね。出羽の里を100%使用した精米歩合60%の純米酒です。香りはバナナのようだったり、デラウェアや巨峰のようだったりします。あとは専門店向けに限定流通させている「マルマス米鶴 限定吟醸」もおすすめです。この2種類を特に好んで飲んでいますね。

─最後に、米鶴のお酒をどんなときに飲んでもらいたいですか?

梅津:普段飲みはもちろんですが、おめでたい席にもふさわしいお酒だと思います。米鶴という銘柄は、お辞儀の姿に例えられる豊かに実った稲穂の姿や、鶴の立ち姿にちなんで感謝を伝えるお酒でありたいと願って名付けられました。また米という漢字を八十八に例え、88羽の鶴を表す、おめでたい名でもあります。そのため贈答用としてもぜひおすすめしたいお酒ですね。
またこの地域は内陸部にあるので、産業としては昔から農作物関係と畜産関係が盛んでした。そのため魚介類よりはお肉との相性が良いのも特徴です。うちの超辛純米は地元の焼き肉屋でも採用されていますから。

構成・執筆:大城実結

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