江戸時代末期創業。愛知県愛西市鷹場町にある「水谷酒造」を訪れました。
冬には「伊吹おろし」と呼ばれる冷たい季節風が吹き、雪が積もるほど寒い地域にあります。
水谷酒造の社員は2名。社長で杜氏の水谷政夫さんと、女性蔵人の後藤実和さんです。
後藤さんが蔵入りを決意したのは大学4年の時。水谷社長の人柄や酒造りへの想いに共鳴したそうです。
「つまらないことがあっても、飲むとほがらかになれる酒を造りたい」と話す水谷社長と後藤さん。
笑顔が絶えないお二人にお話を伺いました。
水谷さんと後藤さん
「理解できない」では未来が無い
ー酒造りについて、普段はどのように意見を交わしているのでしょうか。
水谷社長:「年代が違うから根本的に理解できない、という考えを持ったら、年を取ったということではないでしょうか。分かり合えないと決めつけたら、何の改革も発展も無い。若い人たちの意見を否定するのは未来が無いと感じます」
今後20年、30年と、後藤さん世代の考えのもとに、日本酒を取り巻く環境は動いていく。となれば、彼女たちの世代の声を無視すべきではない、と水谷社長は話します。
後藤さん:「社長は、私の話にきちんと耳を傾けてくれます。本当にありがたい。こちらも甘えて何でも尋ねてしまう。社長は全て教えてくださいますし、私の意見を取り入れてくれることもあります」
水谷社長:「後藤さんは、私に欠けているところを指摘してくれます。それが合っていることだったら、聞かなきゃな、と思う。ただそれは、経営的にやれる範囲内で、です。やれる限りやろうと思うが、全てできるわけではない。そこは理解してね、と話しています」
また、水谷社長は「今の日本酒には遊びがある」と話します。
水谷社長:「今は色んなお酒が選べる時代。味や好みが多様化し、遊び心を持って飲める。そこから若い人の感覚を知り、コミュニケーションも生まれる。だから面白いですよ。自分も老けずに済みますしね(笑)」
にこやかに掛け合う二人は、まるで親子のようでした。酒造りを通して、ひととひとがまっすぐ意見交換ができている、そんな印象を持ちました。
酒造りの風景
友人に喜んでもらえる酒
ー水谷酒造が造りたい日本酒とは、どのようなお酒でしょうか。
後藤さん:「水谷さんが、『友人に喜んでもらえるお酒を造りたい』と言っていたんです。その表現が、まさにその通りだなと思いました」
水谷社長:「ほがらかな気持ちでだらだらと飲み続けられる酒を造りたいですね。うちの酒を気に入って飲んでくれる人は、みんな友人だと思っています」
飲み手を「友人」と言う水谷社長と後藤さんが目指すのは、「どんな時も人に寄り添う柔らかな酒」。水谷酒造の日本酒を飲めば、ほっこりと優しい気持ちになれそうです。
水谷酒造の社会貢献
ー水谷酒造は、「持続可能な地域環境と地域社会および食文化の確立」を目指して、地域に根差した活動を活発にされていますね。
水谷社長:「ただアルコールを売るだけでなく、何か社会に役立つことをしたいと思いました」
取り組みの代表的なものは、以下の3つです。
- リユース瓶の使用
- 食品残渣(ざんさ)をリサイクルした肥料の使用
- 米づくり・酒づくり食育体験
※食品残渣…お店で出る野菜くずや賞味期限が切れてしまった商品などの「生ごみ」「魚のあら」、惣菜の揚げ物に使った「廃食油」のこと。
水谷社長:「うちがリユース瓶を使ったところで数は知れている。しかし、やっても無駄だからやらない、ではなく、少しでも、という気持ちで始めました」
「千瓢 めぐる 純米酒」に使用している米は、食品残渣(生ごみ)から作った有機肥料で作られました。「めぐる」という名前には、「リサイクルの輪」と「リユースの輪」が循環する(=めぐる)という意味が込められています。
水谷社長:「何かの行動を起こす時、人の邪魔になったり環境を犠牲にしてしまうことがあるかもしれない。できるだけそうならないようにという気持ちを、常に持っておいた方がいいと私は考えています」
また、水谷酒造は、米作りや酒造り体験のイベントを多数開催。地元の人たちや、日本文化に興味がある外国人にも、田んぼや蔵を開放しています。子供たちにはトラクターやコンバインに試乗してもらうこともあります。
後藤さん:「食が作られる過程を見て、知ってもらうことが食育に繋がると思います」
水谷社長:「これも一つの社会貢献と考えています。あとは、イベントに来てくれた子供さんが、日本酒に好意を持ってくれたらいいですよね。大人になったときに親御さんと一緒にお酒を楽しんでくれるようになったらいいなぁ、と。叱って止めるだけではなくてね(笑)」
お酒を仲立ちにして、社会の役に立ったり楽しくなったりすることがしたいー。水谷社長と後藤さんの周りには、たくさんの人の笑顔があるのだなと感じました。
残して、つなぐ
水谷社長の人柄はもちろん、水谷酒造の社会貢献や、地元の人との距離の近さに共感したという後藤さん。
後藤さんは、名城大農学部応用生物化学科で酒の酵母について学び、日本酒造りの奥深さに感銘を受け、日本酒にのめり込みました。
後藤さん:「日本酒造りは本当に奥が深い。でも、この面白さが世の中に知られていないんです。酒を造れる人間がいなくなったらそこで終わってしまう。それは嫌だ、と強く思いました」
飲み手でいることも考えましたが、酒造りに関わり、残してつないでいきたいという想いが膨らみ、造り手になることを決意したと言います。
後藤さん:「私が向き合っていることは、全部大事なことです。水谷さんのお酒があるから、今自分はここにいる」
あくまでも自分は水谷酒造の後藤である、水谷酒造の日本酒を受け継いでいくことを使命にしていると感じました。
水谷社長:「後藤さんが一生懸命造れば、より美味しいお酒になるのは間違いない。楽しみ。でも、身体を壊さないか心配。蔵は長い間男性社会で、道具一つ使うにも体格や腕力が必要です。道具を扱うコツを伝えつつ、女性に合うように変化させていくことも考えなきゃならない。身体を壊したり、腰を傷めたりすることが無いようにしないとね」
と、優しく微笑む水谷社長。後藤さんへの思いやりが溢れているのを感じ、心が温まる思いでした。
水谷さんと後藤さん
水谷酒造の日本酒
「千瓢 千実(ちさね)純米吟醸」
「千瓢 千実 純米吟醸」は、後藤さんのデビュー酒。蔵に入って半年で、酒質の設計を一から手がけました。
「千実」という名前は、千瓢の「千」と「実和」の一字を取っています。
水谷酒造で千にも及ぶほどのたくさんの「実り」ある経験、出会いを重ねていきたいという信念が込められました。
全く新しいブランドを作るのではなく、水谷酒造の日本酒を踏襲しながら、自分らしさを出したかった、と後藤さんは言います。
杯を進めても飲み飽きせずにずっと飲んでいられる、後藤さんの人柄を表現したような、人に寄り添う柔らかな味わいです。
「千瓢 奏(かなで) 純米大吟醸」
「米づくり・酒づくり食育体験」を通して一般の方にも参加してもらい、できたお酒です。
大勢の人が協力して奏でるオーケストラのように、消費者・生産者が一緒につくったお酒という意味を込めて「千瓢 奏」と名付けられました。
爽やかな甘味は、口に含めばすっと身体に溶け込むように馴染みます。
愛知県産の米、酵母、麹を使った、オール愛知のお酒です。
どんな時も寄り添ってくれる優しいお酒を醸す水谷酒造。
ほっとひと息つきたい時、友人・家族と一緒にゆったりと飲みたい時。ぜひ水谷酒造の日本酒を酌み交わしてはいかがでしょうか。