創業明治 29 年(1896年)。島根県大田市の中心部にある一宮酒造(いちのみやしゅぞう)は、世界遺産である「石見銀山(いわみぎんざん)」の玄関口に位置しています。
石見銀山は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山。周辺には江戸時代にタイムスリップしたかのような懐かしい景色が今も残っています。
そんな、歴史・自然・文化が一体となった場所で日本酒を醸す一宮酒造を訪れ、浅野社長と、杜氏の理可(りか)さん・副杜氏の怜稀(さとき)さん夫婦にお話をうかがいました。
一宮酒造の日本酒のコンセプト
怜稀さん・理可さん・浅野社長
「とにかく私は食べることが大好き。食事を引き立たせるのがお酒だと思っています」
と明るい笑顔で話すのは、杜氏の理可さん。
「私たちの日本酒が、日々の食卓を明るく華やかにする存在であって欲しい。話がはずんでついついお酒も進み、気が付いたら一升瓶が空いてしまった、というような風景が理想ですね(笑)主張しすぎないのにそこにいるような、食卓に寄り添うお酒を目指しています」(理可さん)
「うちの日本酒を飲んでわいわいして欲しい。家族とでも親子でも友人とでも。人と人とのつながりが深まるような、そんな日本酒を造っていきたいですね」(怜稀さん)
日本酒によって笑顔が増え、人との距離を縮めてくれる。一宮酒造はそんなお酒を醸しています。
夫婦で杜氏になったきっかけ
蔵元三姉妹の次女である理可さんとそのご主人である怜稀さんは、自称「日本一若い杜氏夫婦」を名乗っています。
理可さんと結婚する前は、看護師だったという怜稀さん。平成27年に蔵入りし、理可さんと酒造りをすることになりました。
平成29年に、前の年に酒造りを教わっていた杜氏が急遽来られなくなったことがきっかけで、若い夫婦が突然、杜氏という重責を任せられたといいます。
「最初の一年は、ちょうど子供を生んだばかりということもあり、大変すぎて記憶がない(笑)。よく酒になったと思います。」(理可さん)
「お義父さんお義母さんや実家の両親はもちろん、近所の人にも子守を手伝ってもらって何とか乗り切りました」(怜稀さん)
そんなお二人を見て浅野社長は、
「いつかは夫婦でやらなければいけないと思っていた。突然ではあったものの、そこから二人で何とかしようという気持ちが芽生えたと思う。結果的によかった」
と話します。
夫婦で力を合わせ、たくさんの人達に応援されながら、真摯に日本酒を造っている様子が伝わってきました。
夫婦だからこそできる酒造り
酒造りにおいて、夫婦だからこそできることはあるのでしょうか。
「コミュニケーションは嫌でも取らなければいけない。喧嘩もするが、それを引きずっていたら仕事にならない。酒について話しているうちに、喧嘩の理由を忘れてしまう(笑)」
と理可さんは笑って話します。
理可さんと怜稀さんは同級生ということもあり、お互いがやりたいことや想いを伝えられているそうです。
コミュニケーションが密にとれている夫婦だからこそ、日本酒に対する想いを共有でき、それが酒造りに良い影響を与えているのだなと感じました。
そんなお二人に、お互いに尊敬している部分はどのような所かおうかがいしました。
「(怜稀さんの)ものづくりに対する姿勢です。看護師から畑違いの酒蔵に飛び込んできたにもかかわらず、酒造りに対して少しも妥協を許さない。それは自分には無いものなんです。そのおかげで私も酒造りができていると思っています」(理可さん)
「(理可さんは)自分を認めてくれる。明るい。社交的で誰とでも仲良くなれる。持って生まれた愛嬌がある」(怜稀さん)
まるで、理可さんの明るさは輝く太陽。怜稀さんの懐の深さは雄大な景観を誇る地元の三瓶山のよう。
お互いを認め合い、尊敬しあう素敵なご夫婦が醸すお酒を、ゆっくりと味わってみたいと思いました。
一宮酒造が見据える「これから」
一宮酒造の「石見銀山 大吟醸」は、2年連続で全国新酒鑑評会の金賞を受賞しています。これには、多くの人が喜んでくれたのではないでしょうか。
「正直私は、鑑評会にはそれほど興味はなかったんです。ですが、2年連続金賞を受賞したことで自信もつきました。お祝いの言葉もたくさん頂き、出品して良かったと今は思っています」(理可さん)
「一宮酒造の日本酒を多くの人に知ってもらう手段の一つとして、賞を獲ることも必要だと考えていました」(怜稀さん)
さらに、鑑評会に出品することで、自分の酒の全国での立ち位置がわかり、課題も見えてきたそうです。今後一宮酒造は、どんな挑戦をしていきたいと考えているのでしょうか。
「若者や女性にも受け入れられるような日本酒も造っていきたいですね」(怜稀さん)
食卓で人と人とをつなぐ酒、というコンセプトはブレないものの、時代のニーズに合った日本酒も作っていく必要があると怜稀さんは話します。
現在東京を主とするの大都市では、全国各地の日本酒が販売され、飲食店でも様々な種類の日本酒が楽しめます。しかし、地方になればなるほど日本酒が選択肢に入っていないのが現状だと怜稀さんは言います。
「地方ほど、若者の日本酒離れが進んでいると感じます。だから、私たちも若い人に受け入れられる日本酒を造って、それを広めたいですね」
若夫婦が醸す日本酒が、どんどん進化していくことが鮮やかに想像でき、楽しみで仕方がありません。
石見銀山 特別純米と、純米吟醸 理可「つや姫」
石見銀山 特別純米のキャッチコピーは、「とりあえず、特純。」。
一宮酒造の日本酒の中でも、迷ったらとりあえず飲んでもらいたいのがこのお酒だそうです。
幻の酒米と呼ばれる「改良八反流(かいりょうはったんながれ)」を使用。
改良八反流は栽培が難しく、一度は姿を消したもののその後復活。酒米に使用している酒造は、現在全国でも2蔵しかありません。
改良八反流で造った日本酒は、香りがありフルーティながらも、米の旨味を感じられます。酸もあり、スッキリとした後味が特徴です。
どんな料理も引き立ててくれる、オールマイティーな日本酒です。
純米吟醸 理可「つや姫」はその名の通り、理可さんが酒造りの設計から携わったお酒です。キャッチコピーは、「いつまでもちょびちょび飲めるけん!!」
理可さんがほれ込んだ、食用米「つや姫」を使用。香りは穏やかで、飽きずに飲み続けられる日本酒です。常温、熱燗もおすすめです。
大の鶏肉好きの理可さんは、唐揚げなど鶏料理と合わせてみてほしいと言います。
食卓を明るく華やかにする、一宮酒造の日本酒。
ぜひ、家族や友人との楽しい食事と一緒に、味わってほしいお酒です。